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2021.06.14

作品紹介「龍華」

カテゴリー:作品・グッズ

「優しい極彩色」というものがあるとしたら、陶彩画「龍華」はまさにそれを体現したものといえるかもしれません。
芽吹いたばかりの若葉のような薄萌黄色を金の雄しべが守るように囲む花托、つけ根の淡く黄色がかったクリーム色から先端の淡紅色へと、産毛に包まれた瑞々しい白桃のようなグラデーションの内側の花弁、艶やかな薄紅梅から淑やかで透き通った藤色へと変化する外側の花弁。幾重にも広がる花弁が誇らかに麗しい大輪の蓮の花を、宝物殿の守り人のように大切に抱きこむ龍。その龍もまた得も言われぬ不思議な美しい色をしています。喩えていうなら、春の夜明け空一面に霞のカーテンをかけてそのままクリスタルオパールに閉じ込めたような、虹色の真珠の輝きで鱗を彩ったような。清らな蓮の花にふわりと調和し溶け込むようでいて、繊細優美な蓮とは趣の異なる力強さと存在感を放って横たわります。蓮そのものであり、蓮の守り手でもある、いわば蓮の精のような存在といえるでしょうか。

この陶彩画「龍華」もまた、作家 草場一壽がその終生のテーマである「いのち」を表現したものです。より正確には、「いのち」より出でて、「いのち」が包含するあらゆるものを見守り育む生命のあり方、そのゆるぎない関係性を描いた作品です。

草場が以前、仏教美術の原点を探してアジアを旅して辿り着いたのが蓮の花でした。
「清らかな心」「休養」「神聖」「雄弁」「沈着」「救済」…。多様な花言葉が示唆するように、蓮の花ほど多くの逸話を持つ花も珍しいかもしれません。とりわけオリエント以東では、古来より「再生」と「新生」を意味する神聖な花とされてきました。
インドでは、葉の模様が人間の胎盤に似ていることから、蓮は「生み出すもの」の象徴とみなされ、地母神の持物とも言われました。
仏教では、清水ではなく汚泥にあってこそ大輪の花を咲かせる清廉な姿から、苦難を乗り越えて悟りを得る、すなわち仏として生まれ変わることになぞらえられました。善き行いをした者は死後に蓮の花の上に生まれ変わるという言い伝えもあります。仏陀の弟子たちは、宇宙の根源や悟った本質を蓮の花に託して表現しようとしたのだとも言われています。
また、曼荼羅においては、蓮は宇宙の根源を意味するそうです。
古代エジプトでは、夜はしぼんで水に沈むが日の出とともに再び浮かび上がって花を咲かせる姿から、太陽神の花であり、「永遠の再生」や「不滅の魂」を象徴するとされました。

蓮が象徴する宇宙の根源とは「いのち」の根源であると、私たち草場工房は考えています。再生・新生を繰り返す不滅の「いのち」、それは個々の生命のおおもとであり、個々の生命を包含するその全てであり、食物連鎖を通じて、或いは先祖から子孫への繋がりを通じ、個々の生命を繋ぎ巡りゆくものです。
蓮の花の中心は時間も空間も超越した「いのち」の中心であり、花びら一枚一枚は想いを具現してゆくもの、「いのち」の広がりそのものであり、花びらが四方八方に開くことによって不滅の「いのち」という蓮はいっそうかぐわしく凛然と咲き誇るのです。

「龍華」における龍は、草場の他の作品の龍に比べて優しく穏やかな面立ちをしています。くるりと花托を抱きこみ、鋭い爪が蓮を傷つけないようにか、踏みしめるのではなくそっと横たわるその姿に、母性を感じさせると仰る方もいらっしゃいます。
ただし、草場としては、とりたてて母なる龍を描いたというわけではなく、守り育む存在として龍を描きたかったのだと言います。柔らかな胸に幼子を抱く母性、敵から子供を守る父性、そのどちらも兼ね備え、子供の成長を導き喜ぶ存在、かつて親から与えられた庇護を子供にも与えようとする優しい存在として、蓮という「いのち」の中に龍を置いたのです。

肉体だけでなく、魂こそが「いのち」のおおもとであり、直接子供を産み育てるかどうかに拘わらず、自分もまた次の生命へと繋いでゆく「いのち」の中に組み込まれているのだと意識するとき、母性も父性も、人間というちっぽけな枠組みや種別さえも超越して、その眼差しは神聖性を帯びて「私」は「いのち」を抱き守る存在に昇華します。
生命は芽吹いて健やかに育ち、強く美しく咲き誇り、次の生命の芽吹きを守り育み、更にその先の生命へと繋いでゆきます。個性も個々の想いも存在はするけれども、他の生命と響き合い調和し溶け合うことで、いっそう美しい「いのち」が姿を表します。
蓮という「いのち」から出でて「いのち」を守る存在、それが龍であり、悟って龍になった「私」は、蓮は枯れず必ず咲くと信じて喜びのうちに生きられるはずです。

「いのち」とは世界とは、なんと美しいことかと純粋に感動するとき、私たちはごく自然に自分の生に感謝し、「いのち」を大事にしたいと思うでしょう。
蓮の花が何を意味するか、龍とはどんな存在か、そんな小難しい話や理屈はひとまず脇に置いて、美しいと感じる心、感動を呼び醒まし、ひいては生きる喜びを取り戻してほしいのです。理屈は二の次、高雅な香りさえ立ち上りそうな蓮に魅き寄せられ、うっとりするほど鮮やかな龍体に惚れ惚れし、角度を変えてその艶と輝きに感嘆して欲しいのです。
「龍華」が愛される作品であれば、きっと「いのち」も大事にできるような気がしています。

「龍華」に委ねた「いのち」の美しさと優しさが、あなたの心を動かしますように。
あなたが大きく開いた花弁となって、蓮という「いのち」をいっそう美しく装いますように。
あなたが穏やかな龍となって、蓮の守り手となりますように。

草場一壽工房

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