2021.03.25

作品紹介「天つ風」

カテゴリー:作品・グッズ

天つ風

蘇る女神たち・くくり姫
「天つ風」

国生み神話のイザナギ、イザナミと同じ時期に『日本書紀』に出てくる神様が菊理姫(くくりひめ)ですが、『日本書紀』に出てくるのはたったの一文だけで、黄泉の国でイザナギとイザナミの争いの中に入って、仲裁をされています。その後は出てきませんが、そこに出ているということは、つまりイザナギとイザナミと同じ時代にいらっしゃった古い神様ということになります。
 天照大御神が誕生する以前に日本におられた、おそらく土着の神様だったのだろうと考えます。「くくる」というのは、一つに結ぶといった意味合いがあることから、いのちをつなぐ親神様のことでしょう。
くくり姫もまた、進歩や文明の名の下に、そして権力者の作る歴史の中でひっそりと姿を消した女神のおひとりでした。

いまや、時代(とき)は移り、長き封印は解かれ、姿をあらわしはじめた女神たち。わたしたちになにを語ろうとしているのでしょうか。

風の時代。これまで支配的だった、「持てる」、「なせる」という価値観は「在る」へと転換しています。あるいは、有意義から「意義」へ。

常によりよい未来のために「今」を先送りする目的的(ゴール至上主義)な競争社会への疑問と限界に、物質的な価値観は精神的な価値観にその座を譲り渡すときがきました。

女神たちは、地にも空にも水底にも神々を見た時代=諍いや侵略とは無縁の、平和と調和のシンボルです。その蘇りは、万物のスピリット(いのち)への畏怖と感謝と祈り=私たちの精神文化の基本である、感じる力の復活を迎えたことを意味しているのです。

わたしはわたし。
素朴なこのフレーズを長く忘れていたのですね。人や社会が求める「らしく」や「らしさ」に迷うことなく、役割の私でもなく、わたしはわたしとして人生を生きていく。
膨大ないのちのリレーを引き継いだ、途方もないいのちの厚みの集大成である尊い自分を全うする。限りある人生を生きることができるのは、自分だけというのも確かです。

考え方が違う。国が違う。文化が違う。好みが違う。色が違う。年収が違う。学歴が違う。性別が違う。家柄が違う。肩書が違う。年齢が違う。そんなところ=外に答えを求めるのではなく、内側に答えを探そうとする。そういうときに答えを教えてくれる、自分自身(いのちの存在)を感じて生きるのが、女神の時代から引き継いだ本来の生き方であり、また新しい時代を生む生き方です。

くくり姫がおでましになりました。あなたのいのちを祝福して・・・。